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東京高等裁判所 昭和49年(ネ)931号 判決 1975年3月27日

控訴人 ニッセイ電機株式会社

右代表者代表取締役 今井民治

右訴訟代理人弁護士 久保田嘉信

被控訴人 下平憲一

右訴訟代理人弁護士 林百郎

同 菊地一二

同 松村文夫

同 木嶋日出夫

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用、認否は、次のとおり附加するほか原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

(控訴人の主張)

一、控訴人が被控訴人を採用したのは、設計技術の充実を図り、設計製図要員の補充をする必要性からであり、そのため設計製図経験者と限定して募集を行なったものである。また被控訴人は設計製図の経験者として設計業務を行なうために応募し採用されたものである。従って、控訴人と被控訴人との本件雇傭契約は設計業務ならびに同業務に附随する業務を行なうことを内容とする契約である。

二、被控訴人を解雇した理由は、いわゆるドル・ショックのため控訴人の経営方針が企業防衛の見地から根本的に変革を余儀なくされ、設計課(掛)の業務を縮少廃止して外部業者に依存しなければ経営組織が保たれなかったことにある。すなわち、被控訴人が入社当時設計課(掛)は被控訴人の外六名が居て設計業務を行なっていたが、右のうち四名は設計課縮少および廃止(昭和四七年三月)に伴い退職している。被控訴人はその職歴からして、設計業務以外に適当な仕事がなく、また設計業務以外への配転は被控訴人との雇傭契約の内容および被控訴人が将来一〇年位後に独立して設計の仕事をしたいとの希望に反するものであり、設計課の廃止は控訴人の責に帰すべからざるニクソン声明より発生したものであるから、就業規則第九条3「やむを得ない業務上の都合による時」の要件を充足するものというべきである。

(証拠関係)≪省略≫

理由

当裁判所も、被控訴人の本訴請求は正当としてこれを認容すべきものと判断するものであって、その理由は次のとおり附加するほか原判決理由中の説示と同一であるから、これを引用する。

≪証拠省略≫によっても右引用にかかる原判決の認定を左右するに足りず、他に右認定をくつがえすべき的確な証拠はない。

控訴人は控訴会社と被控訴人との間の雇傭契約は設計業務ならびに同業務に附随する業務を行なうことを内容とする契約であると主張するので先ずこの点につき判断するに、≪証拠省略≫によれば昭和四六年六月当時控訴会社では景気回復の兆候が見えてきたので、量産体制確立のため昭和四五年末に樹てられた合理化計画に基づく設備を早く完成させなければならないという同会社生産技術課からの要請に基づき、職業安定所を通じて設計製図の経験者を限定して三名募集したところ被控訴人が応募し、同年八月二日同人の採用を決定したこと、右採用に当って、同人が控訴会社の職種に応じた技能を有するか否か、人物については職場として求めている人物であるかどうかを知るため二回にわたって面接を行なったことが認められるが、被控訴人採用の際控訴会社と被控訴人との間で、控訴会社主張の職種に限定する内容の雇傭契約が締結されたことを認めるに足りる証拠は何ら存しない。しかして、≪証拠省略≫によれば、被控訴人に対する求人の条件は機械設計三年以上の経験者若干名ということであったこと、当時控訴会社の説明は合理化を押し進めていくための人材を必要とするという趣旨のものであったこと、採用の際辞令または採用通知書といった文書は交付されなかったことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。右認定の事実によれば、控訴会社としては機械設計に関する技能と経験を有する人材を採用するという積極的な態度で右人事を行なったものであって、近い将来設計業務が縮少廃止されるようなことがあれば、当然被控訴人を解雇することになるというようなことは被控訴人採用当時は全く予想していなかったものと判断するのを相当とする。してみれば仮りに控訴会社の都合により設計業務を縮少するのやむなきにいたったとしても、当初の採用趣旨に準じた他の職種職場に配転する等の余地がないわけではなく、これをもって直ちに解雇を導くべき「やむをえない業務上の都合」があったものとすることはできない。

次に控訴会社は本件解雇の直接の原因はニクソン声明によるドルショックにともなう設計課の縮少廃止という控訴会社の責に帰すべからざる事由の発生したことによるものであると主張するが、≪証拠省略≫によれば、控訴会社はニクソン声明を昭和四六年八月一六日に知り、同年八月二三日に東京の本社に緊急経営会議を招集して爾後の対策を検討したが、その中に新規社員の採用および欠員社員の補充等を一切行なわない旨の決定が含まれていたこと、次いで管理部長松本弘作成にかかる昭和四六年八月二五日「D対策としての人事方針の件」という通達が長野・東北両ブロックの総括責任者である製造部長および花巻工場長宛発せられ、右文書には、当面の生産計画遂行に必要な人員確保は行なうが増産につながる人員採用は行なわない旨の記載があること、さらに総務部長名義で発せられた同年九月二〇日付「一般男子(間接)社員の採用構想に関する件」と題する通達には欠員のため業務に支障を生じ補充を必要とするときといえども新規採用はもちろん試用中の者であっても本採用を見合せもしくは厳選の上経営会議で採否審議する等の記載があること、設計については外部の専門業者に発注し企業全体の合理化を図り社内設計分野を実質的に解消することとし、同年一〇月頃大森通商に発注したこと、しかして、被控訴人の解雇についてはそのころ(これが一〇月一〇日とされているがこの日時は必らずしも当裁判所に明確な心証を惹かない)会社として決定し、岡谷工場にその旨指示したことが認められ右認定を左右するに足りる証拠はない。右認定事実によれば、控訴会社としては八月二三日の経営会議以来ドルショックに対する緊急措置として試用期間中の者について本採用を見合せる旨の一般的方針を定めたものと認めることができるけれども、特に被控訴人が右措置の適用を受けるために至った特段の理由を認定しうる的確な証拠はない。かえって≪証拠省略≫によれば、ドルショック対策に関連して解雇されたのは被控訴人と花巻工場の吉田某のみであって被控訴人の属する岡谷工場では臨時工やパートタイマーでも一人も解雇された者はいなかったことが認められ、ドルショックに対応すべき控訴会社の人事処理としては総合的判断と見通しを欠くものであったと判断せざるを得ないものがある。しかも、≪証拠省略≫によれば、被控訴人を解雇することを決定したのは長野ブロックの責任者である今井製造部長であり、被控訴人に二か月分の予告手当を支給して解雇することを決定したのは松本弘総務部長、浅見正一同次長そして最終的には控訴会社代表者であること、八月二日被控訴人を採用して以来、被控訴人の仕事に対する態度は会社側の評定でも可もなく不可もないとされ、設計掛の同僚の評価ではむしろ被控訴人は能力があり作業態度も悪くないということであったこと、被控訴人の直近の上司である船田昭一生産技術課長が総務課長から被控訴人の解雇を知らされたのは一〇月一九日であってそれまでに何の連絡も受けていなかったこと、それまで設計掛は特に組織上の変更もなく平穏に執務していたが右解雇の通知を知って混乱と動揺を来したことが認められる。右認定の事実によれば被控訴人の解雇は被控訴人の成績や勤務態度とは全く関係なく、また設計掛の組織上の変更の有無とも関係なく、会社の上層部で一方的に決定されたものであり、この点からしても、ドルショック対策上会社全体の人事管理の一環として被控訴人を特に整理対象として選んだ理由は明確でないというべきである。しかして、≪証拠省略≫によれば、被控訴人の解雇が決定されたとされている一〇月一〇日の後である一〇月一二日頃総務課長今村勝一が被控訴人の以前勤務していた黒田精工株式会社に前歴調査におもむき、被控訴人の同会社における組合活動についても調査したことが認められ、調査の時期について右認定に反する≪証拠省略≫は措信しない。右事実は被控訴人の解雇がドルショック対策以外の理由によるものであることを疑わせるに十分なものというべきであるが、その理由が那辺にあるかはもとより控訴人は主張しないので、この点は措くとしても、さきに認定の事実に前記引用にかかる原判決認定の諸事情をあわせるとき、昭和四六年八月一二日以降において控訴会社が被控訴人を解雇しなければ被控訴会社の事業経営上困難を生ずる状態にあったものとは到底認められず、従って控訴会社主張の解雇理由が「やむを得ない業務上の都合」という就業規則上の要件を充足するに足るものと認めることはできないものといわなければならない。

よって本件控訴は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長判事 浅沼武 判事 加藤宏 園部逸夫)

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